<コーヒーの歴史:インド編>紅茶よりも歴史がある?インドのコーヒー


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現在、インドのコーヒー生産量は世界第5位。紅茶のイメージが強いインドですが、意外にもコーヒーの歴史ほうが古いようです。

そこで今回は、いったいどのようにして、インドにコーヒーが伝わることになったのかについてご紹介したいと思います。

門外不出だったコーヒーがインドにやってくるまで

エチオピアやイエメンで古くから愛飲されていたコーヒーですが、16世紀にはオスマン帝国でコーヒーが受け入れられるようになり、さらに17世紀に入ると、ヨーロッパにも伝わるようになりました。

そんな中、コーヒー貿易の利益を独占したいアラビアの商人たちは、コーヒー豆を加熱して発芽させないように加工したり、コーヒーを持ち出そうとした者たちに罰金を課すなどの手だてを高じてコーヒーを門外不出のものにしようとしました

ところが、1600年代に南イエメンへ巡礼の旅を行ったインド出身のイスラム教聖者ババ・ブータンは、そこでコーヒーに出会い、インドでも栽培できるようにしたいと願うようになります。
当時、イエメンで栽培されたコーヒーはモカの港から世界へ届けられていました。巡礼を終えたババ・ブータンは、モカの港からインドへ帰国する際に、厳しい監視の目をかいくぐって7つのコーヒーの種を衣類の中にくるんで隠し、インドに持ち帰ることに成功します

インドで栽培成功!コーヒー農園ができるまで

「7」という数字はイスラム教では聖なる数字を表しますが、もしかするとババ・ブータンは、インドでもコーヒーが栽培できるようにと神に幸運を願ったのかもしれません。

そんな彼の願いが通じたのか、帰国後に南インドに位置するマイソール(現在のカルナタカ州)のチャンドラヒルに植えた7つの種のうちの一つが発芽に成功します。
そうして、インドのコーヒー栽培の歴史がはじまったのですが、18世紀に入るとヨーロッパへの輸出を想定した大々的なコーヒープランテーションが行われるようになります。

インド特有の香りと味としてヨーロッパで「モンスーンコーヒー」などが人気となり、順調に行われていたコーヒー栽培と貿易事業ですが、1868年にインドのコーヒー産業に打撃を与えるある事件が発生します。

「サビ病」のために下火になったコーヒー栽培

18世紀から19世紀にかけて、コーヒーの栽培が広く行われるようになったインドでしたが、コーヒーの大敵である「サビ病」に感染してしまい壊滅的な被害を被ります
「コーヒーサビ病」とも呼ばれているこの植物伝染病は、空気感染する伝染病で、一度この病気にかかったコーヒーの木は、二度とコーヒーの実がならなくなってしまいます。

1861年にウガンダやエチオピアで発生した「サビ病」は、1868年にはスリランカ、そしてインドにまで伝染することとなり、たったの2週間でコーヒー農園が全滅するほどの壊滅的な被害をもたらしました。
その結果として、それまで優勢だったインドでのコーヒー栽培は、紅茶栽培へとシフトしていくことになります。

その後のインドでは、環境の変化と「サビ病」に弱いアラビカ種ではなく、「サビ病」に強いとされるロブスタ種の栽培が進むようになります。現在では、アラビカ種も復活し、ロブスタ種と共々インドで生産されるようになっています。

まとめ

今回は、インドにおけるコーヒーの歴史についてご紹介しました。
発芽しないように加工されていたコーヒー豆が、インド出身のイスラム教の聖者の手で持ち出され、やがてインドの地に根を張るようになった経緯は興味深いですね。
紅茶の陰に隠れがちなインドのコーヒーですが、決して順調ではなかったインドのコーヒーの歴史を振り返りながら、インド産のコーヒーを嗜むのも趣きがあるのではないでしょうか。


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